涼 子 【2】
「すごい写真でしょう、それ」
間延びした声で澤田が言う。涼子の手は細かく震え、今にも写真を取り落としそうにな
っている。
「変わったご趣味ですねえ、旦那さん。やっぱり、エリートの人は違うなあ。ははは」
「どうして……どうして、こんなものが……」
か細い声で非難めいた言葉を口にはするものの、涼子は澤田の顔をまともに見ることす
らできずにいた。
「しかし奥さんも大胆な人だ。亭主の前で自分から股おっぴろげてマンずりするなんざ、
普通の女にゃできませんよ」
涼子の質問には答えず、わざと下品な言葉を使い、大げさな口調で写真の感想を述べて
いく澤田。黙って聞いていることができず、涼子はぎゅっと目をつぶり、小さく「いやっ」
と声をあげた。
涼子が手にした写真に写っているのは、まぎれもなく涼子自身の痴態であった。
ベッドの上で大きく両脚を開き、自ら秘苑をさらけ出している涼子。そして、剥き出し
になった妻の股間を舐めるような距離に顔を近づけ、さかんに自分のものをしごきあげて
いる夫。
誰も知らないはずの、寝室での秘密の行為がなぜ……。涼子の頭の中は、すっかりパニ
ック状態に陥っていた。
「もう1枚の方も、しっかり見てくださいよ……おしゃぶりが上手だねえ、ほんと。よく
撮れてるでしょう、うまそうに頬張っているいやらしい表情までバッチリ」
澤田の言葉に操られたように、もう1枚の写真に目を移す。
そこには、ベッドの上に腰かけた夫の足下にひざまずき、口いっぱいに夫の分身を含ん
でいる涼子の姿が写っていた。
「あの……違う、違うんです、わたし……どうして、誰がこんな写真……」
消え入りそうな声で、瞳を潤ませて哀願するように澤田を見る涼子。
普通の女なら、その場で写真をビリビリと破き、即刻この変態男を警察につきだすくら
いのことはするだろう。
しかし涼子は、そうするには気が弱く、男を知らなすぎた。澤田を怒ることもできず、
ただオロオロと泣きそうな顔をしている。
そして澤田は、まだ事態が飲みこめていないらしい涼子を心の中で大笑いしていた。
この写真が撮れたとき、澤田はうれしさのあまり小踊りしたものだ。普通のセックス現
場でも抑えてやろうと思ったのに、まさか貞淑そうな人妻の自慰行為が撮れるとは。
自分の妻とはいえ、高校生のように幼い涼子にこんなことをさせた藤崎には、感謝の心
でいっぱいだ。
この写真なら、ちょっと脅しをかければ一発で堕ちると、即座に確信したのだった。
ガスを部屋の外から止めてやり、呼び出されるのを待つ。一度部屋に入ってしまえば、
あとはこの写真をばら撒くとでも言えば、どうにでもなるだろう。その程度の計画だった。
しかし、ここまできても涼子は澤田が写真を撮ったとは思っていないらしい。
どうやらまだ、管理人の仮面をつけたままでいられそうだ。そう判断し、澤田は笑いを
噛み殺して真面目な表情をつくってみる。
「いやあ、驚きましたよ。今朝この写真が、管理人室の郵便受けに投げ込まれてましてね
え……いったい、どこのどいつの仕業やら」
実際は、藤崎夫妻がこのマンションに入居してきてすぐ涼子に目をつけた澤田が合鍵を
使って留守中に侵入し、1週間かけて隠し撮りに励んだ成果なのだが、涼子には知る由も
ない。
ぬけぬけと適当なうそを言い放ち、困り果てたようにため息をついて首を振る澤田に、
助けを求めてすがりつく。
「ああ、わたし、どうしたら……どうしたらいいんでしょう、澤田さん。助けてください
っ」
自分を罠にかけた男に助けを求める滑稽さに気づいていない涼子に向かって、澤田は大
げさにうなずいてみせる。
「ええ、ええ。わたしは誰にも言ったりしませんよ、奥さんと旦那さんがこんな変態行為
にふけっていることなど、けっして」
変態行為と断言されたことに顔を赤らめ、きゅっと唇を噛んでうつむいてしまう涼子。
そんな恥じらいの表情がまた、男心をそそってやまないことなど、気づきもしていない。
「奥さんをお守りするためだ、この澤田、きっと犯人を見つけ出して、とっちめてやりま
すよ……なあに、わたしは管理人です。ここの住人のことはよーく知ってますし、あやし
い奴の心当たりも何人かあります。すぐに尻尾を掴んでやりますよ」
恩着せがましく言って、まかせろというようにドンと胸を叩く澤田。
「まあ、警察につきだしちまっては、写真のことが表ざたになっちまうかもしれないから、
思い知らせてやるくらいにはしておきますが……このまま放置しておいたら、今度はどこ
の家にこんな写真が放りこまれるかわかったもんじゃありませんからね。今回はたまたま
管理人室だったからまだいいものの」
動揺のあまりすっかり思考能力の衰えてしまっている涼子は、澤田のとってつけたよう
なでたらめにも疑問を抱かなかった。
確かに、警察になど恥ずかしくて相談できないと思い、澤田を唯一の救いとすら感じて
しまっている。
そんな涼子のすがるような視線を感じて、澤田の中の黒い欲望が、むくむくと膨らんで
はちきれそうになる。
「そのかわりと言っちゃあなんですが……」
下品な笑みを浮かべながら、澤田は徐々に悪魔の本性を見せ始めた。